潜在意識とは何か? written by 池上秀志

潜在意識とは何か? written by 池上秀志

潜在意識とは何か?

潜在意識という言葉、たまに聞いたことがあると思います。何となく、ミステリアスな響きで、信じるか信じないかはあなた次第みたいな感じでとらえている人もいるかもしれません。

潜在意識とは簡単に言えば、意識に上らない意識のことです。意識できないのに、意識するとは矛盾した感じがしますね。ただ、これは何か特別な意識の状態を示しているわけではありません。「いや、自分は潜在意識なんか感じたことがない」という人もいて当然です。だって、意識できないのが潜在意識ですから。意識出来たらそれはもう顕在意識になります。

意識できない意識とは何かということになりますが、意識できないけれどあなたの行動に影響を及ぼす意識があると考えられているのです。心理学には行動心理学という分野があり、その根本的な考え方は「人間の心理なんて結局は行動からしか判断できないんだ」という考え方です。当然それに対して、「いや目には見えないものを解き明かそうとするのが心理学の本質である」という主流派の考えがありますが、そもそも人間の心理は他人からは見えないものです。それでも、私たちは他者の行動に心理的観点から様々な意味づけを行っています。例えば、レースで走れなくて近くにあったペットボトルを蹴り上げた人がいたらきっと悔しいんだろうなと思ったり、入試に落ちて泣いてる人がいたら、悲しいんだろうなと思ったりという具合です。

他者の喜びや、悲しみは厳密にはいかなる形でも知覚(認識)することが出来ません。「人の気持ちがわかる人間になりましょう」というのは盛んに言われることですが、厳密に言えば、絶対に無理です。これは少数派の感受性を持つ人間は常に感じてきたことだと思いますが、多数派の感受性を持つ人たちにはわかりづらいようです。

例えば、私の場合は一人でいるのが好きで、一人でいても寂しいとは一切思わないし、一人でご飯を食べても、一人で遠征や合宿に行っても全く何ともなく、友達ゼロでも平気で、場合によっては嫌がらせとして仲間はずれにされたりしたら心底ありがたかったりするのですが、どうやら理解されないようです。他には喜びや感動がほとんど表に出ないようで、「凄いですね」、「面白いですね」、「楽しいです」と言っても7割くらいの確率で「いや、お前絶対思ってへんやろ」と言われますが、本当に思ってます。大体面白くない時は、面白くないと言います。このように他者の感情や意識というものは認識できないものですが、だからと言って他者には心がないとか、意識がないと本気で思ってる人はほとんどいないと思います。

他者の意識や心が私の意識に上らなくても、他者に意識があると考えているのと同じように、私自身にも意識できない意識があるということです。何故、そう言えるかというと、意識はできないけれど、潜在意識に基づく行為があると考えられているからです。

例えば、朝型人間と夜型人間がいますが、実際にはこれも潜在意識の影響です。自分は朝型人間だと思い込んでいる人は、朝に集中できるものですし、作家なんかで自分は締め切り直前にならないと書けないと思い込んでいる人は、本当にホテルに缶詰めにされないと書けません。毎日同じ時間の電車に乗って仕事や学校に行く人たちは、ほとんど頭が働いていない状態でも朝の時間を過ごすことが出来るのも朝起きてからの行動が潜在意識にインプットされているためです。

練習に関して言えば、私は脚に不安があったり、直前までどの練習をするか迷っているときには集中しきるのに時間がかかります。脚にも体全体にも不安がなく、スケジュール通りの練習が出来ているときには通常遅くとも前日の夜にはおおむね次の日の練習は決まっています。そうすると、前夜から何となく集中し始めて、次の日の起床時刻や起きてからの行動を頭に入れて寝ます。そうすると、練習時刻になると潜在意識が集中モードへと導いてくれます。

一方で、脚に不安があって次の日に様子を見てみないとわからないとか、ウォーミングアップしてみて決めようというときには集中するまでに時間がかかってしまいます。これは練習を軽めのものに変える必要がある時も同様で潜在意識の影響を受けます。始めから、明日の練習は軽めだということにしておくと、次の日は楽な練習を楽しむことが出来ますが、直前になって、或いは練習中に脚に違和感を感じたり、オーバートレーニングの兆候を感じて軽めの練習に変えなければいけない時は、物凄く気持ち悪いものです。これも予め潜在意識にプログラミングされていた行為とは異なる行為をとるからです。

教育現場では、非行に走る少年、少女が非行から脱し、自分の習慣を変えようとするときに親や教員から褒められたり、「最近どうしたの?とても頑張ってるね」という声かけをされると再び非行に走ってしまうことがあります。これは何故かと言うと、潜在意識の中では、自分は非行少年(非行少女)のままなので、親や教員から褒められたり、自分は良い生徒(子供)であるかのように言われると、そのずれを何とか解消しようとするからです。「自分は親や先生から褒められるような人間じゃない、何とかしなければ」ということで潜在意識が非行へと走らせてしまうのです。

これは今まで無名だったスポーツ選手が急に脚光を浴びたケースでも同じです。自分が注目されるような状態になれていない選手は、潜在意識の変化が周囲の自分に対する評価の変化に追いつかず、「自分はそんなにすごい選手じゃない、何とかしなければ」ということで自分のキャリアを台無しにしてしまうような行為を取ってしまうのです。

潜在意識と肥満

さて、潜在意識が顕在意識に影響を与える例を提示してきましたが、体に直接働きかけることもあります。心身医学の権威者であるデイーパック・チョプラ博士は次のように述べています。

 

「それぞれの体には代謝の割合を決定する主因となるセットポイントがあるようだ。このセットポイントは食べ物をエネルギーに変えるか、脂肪や筋肉に変えるかを決める。これがサーモスタットのように作用するがゆえに、食べ過ぎたり、食べなさすぎたりしても、セットバランスを調整するために代謝を変える。これが人々が彼らのセット体重を変えるのが困難な理由である。何がセットポイントを規定しているのかという問いに答えるのは難しいが、現状では自己イメージ、自分がどのようにみられているかという心理的視点が多くを規定していると考えられる。自分は太っているという強固な自己イメージはその現状を維持するように働きかける。

唯一の効果的な治療は、心理面から自己イメージを変えて、セットポイントを変えることである。セットポイントを理想的な体重に戻すことが結局は、自己調整のメカニズムをセットアップすることによる自然の意図であり、食べたいものを食べても太らない多くの人達は単純に彼らの内的なバランス感覚に従っているのである。彼らが食べたいものは、彼の体が同意するものなのである。」(『Creating Health』池上訳)

陸上長距離界の女子選手たちとその指導者たちの間では特に顕著ですが、体重管理が出来ないのはその人の意志が弱いからだという誤った考えが蔓延しています。私自身は、本人の意思の問題だけではないことは明らかで、栄養と心理面からのアプローチを行いさえすれば、多くの人が思っている以上に簡単に体重を落とすことが出来ると考えています。寧ろ、本当に今以上に体重を落とす必要があるのかどうか、真剣に考えることの方が大切だと思っているくらいです。

一度、潜在意識となったことを変えるのは通常ある程度の時間を要します。しかもそれが無意識の世界で行われていることが、潜在意識の書き換えをより困難なものに変えています。

通常、潜在意識を変えるには言葉による断定とビジュアライゼーションの繰り返しと現実の変化の相互作用によってなされます。言葉による断定とは口に出しても出さなくても構いませんが「私の体重は58㎏で、脂肪が少なく引き締まっていて競技に適した体だ」などと断定することです。鏡を用いて鏡の前の自分に向かって「お前の体重は58㎏だ」と語り掛ける方法もおすすめです。ビジュアライゼーションとは現に引き締まった体を強く鮮明に思い描く方法です。そして実際に体重が減っていけば、より強く「自分は痩せて引き締まった体だ」だと思うことが出来るようになっていくでしょう。そして、確かな臨場感を得ることで、更に断定やビジュアライゼーションが効果を発揮します。

ここでは体重の話をしましたがこれはあらゆる場面に当てはまることです。脚が腫れている人は外側から治療を施すとともに潜在意識に働きかけることで治癒が促進するでしょう。但し、断定で気を付けてほしいのは否定形を使ってはいけないということです。

やってはいけないこと、これだけは避けようと思ったことほど実現してしまうという経験はスポーツをやっている人ならなんとなくわかっていただけるかと思います。ゴルファーなら「あの池にだけは入れたくない」と強く思えば思うほど、吸い込まれるようにボールは池に飛び込むでしょう。野球のバッターならフライを打ち上げてはいけないと強く思えば思うほど、ポップフライを打ち上げる確率は高くなります。何故なら、潜在意識に否定文と肯定文の区別はないからです。そして、それが良いことであれ、悪いことであれ、繰り返せば繰り返すほど、潜在意識に強く刻み込まれてしまうので、その選手の欠点を繰り返し、繰り返し指摘することはコーチングでは最も避けなければならないことの一つです。そして、選手が同じ失敗を犯したときに「またやったか」という反応をしてはいけませんし、選手も失敗を何度も思い出して「次は同じことはすまい」と思うよりは、ポジティブなイメージに書き換える訓練をするべきでしょう。

これが困難であることは個人的経験からわかっているつもりですが、これを困難なものにしているもっとも大きな要因は断定やビジュアライゼーションテクニックが馬鹿馬鹿しく思えるからです。インターバルトレーニングをやれば、誰でも苦しく終わった後には達成感を味わえ、体にも確かな疲労感が残るので強くなったような気がします。しかしながら、潜在意識の書き換え作業は非常に単純で馬鹿馬鹿しく思える上に、そもそも意識できないのが潜在意識ですから効果を信じにくいのです。しかも、信じていようが信じていまいが、やれば生理学的適応を引き起こせるのがインターバルトレーニングですが、断定やビジュアライゼーションテクニックは強く信じていなければ、効果があらわれません。やっていることの方向性は間違っていないのに成果が表れない人はこういったところに盲点があるのかもしれません。

潜在意識が一瞬で書き換えられる例

潜在意識の書き換えには時間と忍耐が必要であることを述べましたが、実はそうではない例もあります。学校の先生が教壇に立つときがそうです。教育実習を行い、大学でも様々な勉強をしたとはいえ、学生気分が抜けきらないもので、教育実習の初期のころには先生と呼ばれることが何だか変な感じがするものですが、教員免許をもらい教壇に立つと一気に先生らしくなるものです。しかもこれは、本人が自分は先生だと思うことと、児童・生徒がその人を先生だと思うことの相乗効果によって生まれます。

スポーツで言えば、信頼している指導者の一言で大きく変わることがあります。友達や両親から千回「お前ならマラソンで成功するよ」と言われるよりも、本当に信頼している指導者から「私とやってフランクフルト、シカゴ、ニューヨーク、ボストンのトップ3に入ろう」と一回言われるほうが潜在意識は書き替えられます。

結婚もそうです。欧米人的に言えば、神父さんの前で永遠の愛を誓った瞬間から、日本人的に言えば、親族や友人、恩師の前で結婚を披露した瞬間から夫として、妻として振舞うようになるのです。仮面夫婦が仮面夫婦でいられるのはひとえに自分はこの人の夫(妻)だからという潜在意識による作用が大きいでしょう。逆に、近年増加している事実婚では、神父さんの前で愛を誓ったり、親族、友人、恩師に結婚を披露していないので何か問題があった時、「夫婦なんだからなんとかしよう」という考えになるよりも、「そもそも夫婦であるという認識を解消しよう」という考えになりやすく(つまり、別れようという考えになりやすく)、別れる割合は高くなるようです。

しかし考えてみてください。誰が潜在意識を書き換えているのでしょうか?教員免許でしょうか、指導者でしょうか、神父さんでしょうか?これらには本質的にはあなたの潜在意識を書き換える力はありません。こういったものや人たちによって、あなた自身が強く信じることで潜在意識は書き換えられるのです。潜在意識のコントロールには訓練が必要ですが、誰がそれを書き換えているのかということを常に忘れないようにしてください。言ってしまえば、教員免許というただの紙切れや、一人の人間の言葉にどのような意味を与えるかはあなた次第なのです。

 

参考文献
ルー・タイス著『アファメーション』苫米地英人監修、田口未和訳
ハーベイ・A ・ドルフマン、カール・キュール著『野球のメンタルトレーニング』白石豊訳
Deepak Chopra著 『Creating Health』

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